ガスクロマトグラフは、気体や液体に含まれる成分の濃度を測定できる装置です。その高度な分析能力と汎用性の高さから、環境・化学工業・食品・製薬など幅広い分野で活用されており、今日の科学技術の発展を支えています。
この記事では、ガスクロマトグラフの原理や装置の仕組みなどを分かりやすくご紹介します。
ガスクロマトグラフ(Gas Chromatograph)とは、気体や液体中にどのような成分が、どれくらいの量(濃度)含まれるのかを分析・測定する装置のことです。
英語の頭文字を取って“GC”と表記されるケースや、日本では短く“ガスクロ”と呼ばれることもあります。
ガスクロマトグラフの活用分野は多岐にわたりますが、例えば、都市部の大気汚染の程度を把握したり、工場の排ガス濃度をチェックしたりする際などに使用されています。
なお、ガスクロマトグラフが「分析装置」のことを指すのに対し、ガスクロマトグラフィーは「測定方法」を指すのでしっかりと区別しておきましょう。
まずは、ガスクロマトグラフの原理や特徴を解説します。
ガスクロマトグラフでは、分析する気体や液体を移動相(キャリヤーガス)とともにカラムという管に注入し、カラム内部の固定相との相互作用によって混合物を各成分に分離します。
分離した成分は検出器により検出され、成分の特定や濃度の測定が行われます。
ガスクロマトグラフには次のような特徴もあるので、あわせてチェックしておきましょう。
分析精度が高く、汎用性にも優れたガスクロマトグラフは、環境・化学工業・食品・医薬品・法医学・考古学など、非常に幅広い分野で活用されています。
ガスクロマトグラフィーによる分離手法は、1900年代初頭にロシアの植物学者・ツウェットにより提唱されました。
1950年代にガスクロマトグラフが登場したことをきっかけに、石油産業をはじめとする化学工業分野や、機械・医療・バイオテクノロジーなど、あらゆる産業分野で技術革新が進んでいきました。
日本でも、1957年に国産第1号となるガスクロマトグラフが完成。それから50年以上が経つ現在でもガスクロマトグラフは日々進化を続け、幅広い分野で研究や製品開発などを支えています。
参考元:物質の真の姿を浮き彫りに 20世紀の産業を変えたクロマトグラフ|島津製作所
参考元:クロマトグラフィーの創始者 Tswett|インタクト株式会社
ガスクロマトグラフは次の5つのセクションで構成されます。
順番に見ていきましょう。
ガスクロマトグラフに絶えず流れ続けるキャリヤーガスの流量制御を行います。
キャリヤーガスとは、分析する試料をカラムまで運ぶ役割を担う「移動相」のことで、試料とともにカラムに注入されるものです。
キャリヤーガスをカラムに流す際には、分析の再現性を高めるため、流量(または圧力)を一定に維持する必要があります。
一般的に、キャリヤーガスにはヘリウム・水素・窒素・アルゴンなどの不活性ガスが用いられ、ガスの供給源には高圧ガスボンベが使用されます。
キャリヤーガス流量制御部とカラムの中間にあるセクションで、分析する試料の注入口となります。
注入量は液体試料の場合で約1~2µL、気体試料の場合で約0.2~1mLと少量で、なおかつ同じ量を注入する必要があります。そのため、シリンジポンプなどを使って注入するのが一般的です。
なお、試料を自動で注入できるオートサンプラーを導入すれば、手動よりも正確かつ効率的に分析を進めることが可能です。
また、分析する試料は必ず気体でなければならないため、試料導入部は通常、試料を高温で気化させる「試料気化室」の役割も兼ねています。
カラムとは、分析対象の試料を成分ごとに分離する管のことです。
試料がカラム内を通過する際、カラムの固定相と試料成分との相互作用(吸着・分配)によって、成分ごとにカラム内を進む速度に違いが生じます。
カラムの固定相との相互作用が少ない成分Aはカラム内を速く通過し、相互作用の大きい成分Bはカラム内をゆっくり通過する、というイメージです。
このカラム内の通過速度の違いにより、試料に混ざっていた複数の化合物がそれぞれの成分ごとに分離されます。
なお、カラムには「パックドカラム(※1)」と「キャピラリーカラム(※2)」の2種類がありますが、現在は分離能の高さと分析の速さに優れたキャピラリーカラムが主流です。
※1:ステンレスやガラスなどの管の中に充填材を詰めたもの、または吸着剤を充填したもの
※2:フューズドシリカなどの管の内側に液相や吸着剤を塗布(または化学結)したもの
分離された成分を検出するものです。検出器で得られたシグナルは、パソコンなどのデータ処理部へ電気信号として送られます。
検出器の種類には、
などがありますが、もっとも普及しているのは、ほぼすべての有機化合物を分析できるFIDです。
また、化合物の質量にもとづいて分析できる質量分析計(MS)も、検出器として多く用いられます(検出器に質量分析計を用いたものを「ガスクロマトグラフ質量分析計」と言います)。
ただし、検出器によって原理・応答性が異なるので、分析する化合物に合わせて最適なものを選定することが重要です。
検出器から送信された電気信号を、パソコンと解析用ソフトウェアを利用して解析し、データとして出力します。
ガスクロマトグラフにより得られた分析結果を「ガスクロマトグラム」と呼びます。
ガスクロマトグラムでは、試料を注入してからの経過時間を横軸、検出器から出力された電気信号を縦軸にプロットすることで、成分ごとのピークを確認することができます。
このピークを利用して、試料に含まれる成分の定性・定量を行います。
試料中に含まれている成分がどのような物質なのかを特定することを「定性分析」と言います。
定性分析で注目するのは、「ピーク溶出時間(試料注入からピークが現れるまでの時間)」です。
ピーク溶出時間は各成分に固有の値なので、同じ条件で同一成分を分析した場合、同じ時間にピークが検出されます。
つまり、標準試料と未知試料を分析し、得られたクロマトグラムのピーク溶出時間を比較することで、未知試料中の成分がどのような物質なのかを特定できます。
未知試料中に含まれている成分の濃度を測定することを「定量分析」と言います。
定量分析で注目するのは「ピークの大きさ(面積)」です。
定量分析では、濃度の異なる標準試料を分析して、濃度に対してピーク面積をプロットした検量線を作成します。
ピーク面積は検出器で検出された成分の量に比例するため、未知試料を同一条件で分析し、得られたピーク面積を検量線に当てはめることで濃度の測定が可能です。
ガスクロマトグラフの原理上、分析対象として適しているのは次の4つの特徴を持つ化合物です。
分野別の一般的な対象化合物の例は次の通りです。
除草剤・ゴルフ場農薬・揮発性有機化合物(VOC)・残留性有機汚染物質(POPs)・無機酸・有機酸・ダイオキシンなど
残留農薬・抗生物質・異臭・香料・食品添加物(着色料・人工甘味料・保存料・染料など)・糖類・ビタミンなど
石油・ナフサ・天然ガス・インク・炭化水素・原料・反応中間体・反応生成物・副生成物・工業用水・冷却水・化粧品など
低分子医薬品・原薬・中間体・医薬品残留溶媒・糖鎖・アミノ酸・薬物代謝物・バイオマーカー・脂質・脂肪酸など
薬物・ドーピング関連(ステロイドなどの禁止物質)・アンフェタミン・カンナビノイドなど
ガスクロマトグラフでは分析できない、もしくは分析が困難な化合物には次のようなものがあります。
無機⾦属・無機塩類・イオン類など
フッ酸などの強酸類・窒素酸化物・オゾンなど
カルボキシル基・アミノ基・水酸基・硫黄などを持つ化合物
ピークは確認できても定性・定量が困難
高い分析能力を持つガスクロマトグラフは、研究開発や製品の品質管理などに欠かせない装置。
汎用性も高くさまざまな分野で応用できるため、企業が複数の分野で事業展開を行う際に、ガスクロマトグラフを多目的に使用できるといったメリットもあります。
原理や特徴をしっかりと理解したうえで自社のビジネスに活用し、事業のさらなる発展に役立てましょう。