チップ抵抗器の厚膜と薄膜の違い|製造プロセスから性能差まで解説
本記事では、スクリーン印刷による「厚膜のパルス耐性」と、真空成膜による「薄膜の精密さ・低ノイズ」を徹底比較。TCRや硫化リスク、高周波特性など、カタログ値だけでは見えにくい性能差を物理メカニズムから解説します。回路の信頼性を高める部品選定のポイントを整理しました。
目次
厚膜抵抗と薄膜抵抗における構造と製造プロセスの差異
膜厚と質量の物理的スケール
「厚膜」と「薄膜」という呼称は、単なる種類の違いではなく、物理的な寸法の決定的な差を表しています 。薄膜抵抗器の抵抗体層の厚みは、通常0.1マイクロメートル(1000オングストローム)程度と極めて薄く、原子レベルでの制御が行われる領域です。
一方で、厚膜抵抗器の厚みは10〜100マイクロメートル程度あり、薄膜と比較して約1000倍もの厚さを持ちます 。この膜厚の違いは、抵抗体材料の質量(Mass)の差に直結します 。質量が大きい厚膜は熱を蓄える容量も大きくなるため、突入電流などのパルスエネルギーに対する耐性が構造的に高くなる特性があります。
製造メカニズムの違い:印刷と堆積
製造プロセスの視点では、両者は対照的なアプローチをとります。厚膜抵抗器は、セラミックス基板上にペースト状の材料をスクリーン印刷し、高温で焼き固めるプロセスで製造されます 。これは必要な箇所に材料を付加していく「アディティブ法」に分類されます。
対して薄膜抵抗器は、スパッタリング(真空中で金属原子を飛ばして付着させる技術)を用いて基板全面に金属膜を形成した後、不要な部分をフォトリソグラフィ技術で精密に除去します。これは「サブトラクティブ法」と呼ばれ、半導体製造に近いプロセスを経ることで、極めて均質な微細構造を実現しています。
導電構造:パーコレーションと金属結晶
ミクロな内部構造を見ると、電気が流れるメカニズムに根本的な違いがあります。厚膜抵抗体は、絶縁体であるガラスの中に導電性の金属粒子が網目状に分散した「不均質な構造」をしています。電流は粒子同士の接触点や、薄いガラス層を電子が飛び移る現象(パーコレーション伝導)によって流れます。
一方、薄膜抵抗体は原子レベルで組成が制御された「均質な金属合金の膜」です。厚膜のような粒子の継ぎ目がないため、電子の移動がスムーズです。この構造的な差異こそが、電気的な雑音(ノイズ)の大小や、温度変化に対する抵抗値の安定性(TCR)といった性能差を生み出す物理的な起源となっています。
電気的特性における性能比較
抵抗温度係数(TCR)と安定性
TCR(抵抗温度係数)は、温度変化に対して抵抗値がどれだけ安定しているかを示す指標です。厚膜抵抗器は、導電粒子とガラスという異なる材料を焼き固めているため、それぞれの熱膨張の差によって抵抗値が複雑に変動する傾向があります。
一方で、薄膜抵抗器は合金の配合を原子レベルで精密に制御しています。そのため、TCRを±5 ~ ±50 ppm/Kという極めて低い範囲に収めることが可能です。この優れた安定性は、わずかな誤差が性能に直結する精密計測機器やセンサー回路において、不可欠な要素となります。
電流ノイズ(1/fノイズ)の発生要因
抵抗器から発生するノイズのうち、構造の違いが大きく影響するのは「電流ノイズ」です。厚膜抵抗器は、無数の粒子の接触点を電気が流れる構造のため、その接触状態の揺らぎによって+10dB以上の大きなノイズが発生することがあります。
対照的に、薄膜抵抗器は連続した均質な金属結晶の中を電子が移動するため、構造的な揺らぎがほとんどありません。そのノイズレベルは-30dB以下と非常に低く、厚膜抵抗器と比較して圧倒的に静かな信号伝送を実現します。
高周波帯域でのインピーダンス特性
5G通信などの高速な信号を扱う回路では、高周波特性が重要になります。薄膜抵抗器は構造が極めて薄く平坦なため、高周波電流が表面に集中する「表皮効果」の影響を受けにくいという特徴があります。また、余分な電気的容量(寄生容量)やインダクタンスも最小限に抑えられます。
その結果、GHz帯域までインピーダンス(交流抵抗)の変化が少なく、フラットな特性を維持できます。一方、厚膜抵抗器は膜の厚みや製造時の調整溝(トリミング)の影響を受けやすく、高周波帯域では特性が変動しやすくなる点に注意が必要です。
信頼性と環境ストレスに対する耐久性
サージ・パルス耐性と熱容量
一般的に「薄膜抵抗器は高性能」と認識されがちですが、瞬間的な大電流(サージ)やパルスに対する耐性においては、厚膜抵抗器に軍配が上がります。この違いの決定的な要因は、抵抗体材料の「質量」にあります。
厚膜抵抗器の抵抗体層は約100µmの厚みがあり、薄膜(約0.1µm)と比較して体積・質量ともに圧倒的に大きくなります。電源投入時の突入電流などでジュール熱が発生した際、厚膜はその大きな熱容量で熱を吸収し、急激な温度上昇を抑制することができます。
一方で、質量の小さい薄膜抵抗器は熱容量が極めて小さいため、パルスによる発熱で瞬時に高温に達してしまいます。その結果、金属膜が溶断(オープン破壊)するリスクが高く、スイッチング電源のスナバ回路(ノイズ吸収回路)などの用途では慎重な検討が必要です。
静電気放電(ESD)への脆弱性と対策
静電気放電(ESD)は、数千ボルトの高電圧がナノ秒単位という極めて短い時間で印加される現象です。このストレスに対して、微細なパターン形成が行われている薄膜抵抗器は構造的に脆弱です。放電のアークによってパターン間でショートが起きたり、膜が昇華して断線したりする恒久的なダメージを受けやすいためです。
これに対し、粒子が分散した構造を持つ厚膜抵抗器は、ESDに対して比較的強い耐性を持ちます。興味深いことに、厚膜にESDが印加されると、絶縁されていた粒子間に新たな導電経路が形成され、抵抗値が下がる(ネガティブシフト)挙動を示すことがあります。
薄膜抵抗器を人が触れるインターフェース部分やコネクタ周辺で使用する場合は、単体での耐性に頼らず、強力なESD保護ダイオードなどを回路に併用する設計が必須となります。
硫化腐食のリスクと材料選定
近年、自動車や産業機器で問題となっているのが、大気中の硫黄成分による「硫化」です。一般的なチップ抵抗器の内部電極には銀(Ag)が使用されていますが、これが硫黄ガスと反応すると絶縁体である「硫化銀(Ag2S)」が生成されます。この反応が進行すると電極が絶縁され、最終的に断線(オープン故障)に至ります。
標準的な厚膜抵抗器は、コスト低減のために銀の比率が高い電極を使用していることが多く、硫化に弱い傾向があります。対策として、銀にパラジウム(Pd)を添加して反応性を下げた製品や、特殊な保護コートを施した「耐硫化厚膜抵抗器」が開発されています。
一方、薄膜抵抗器は、窒化タンタルなどの硫黄と反応しにくい材料を使用している場合が多く、また真空成膜による緻密な構造がガスの侵入を防ぐため、本質的に優れた耐硫化性能を持っています。過酷な環境下では、こうした材料特性を見極めた選定が重要です。
用途に応じた選定ガイドライン
厚膜抵抗器が適するアプリケーション
コストパフォーマンスに優れる厚膜抵抗器は、一般的なデジタル回路におけるプルアップ・プルダウン抵抗や、LEDの電流制限抵抗など、±5%程度の精度が許容される領域で圧倒的なシェアを持っています。
また、抵抗体膜厚が厚く熱容量が大きいため、突入電流に対する耐性が高いという特性があります。このため、スイッチング電源のスナバ回路や、パワー半導体のゲートドライブ回路など、瞬間的なパルスエネルギーが発生するパワーエレクトロニクスの現場でも積極的に採用されています。
薄膜抵抗器が適するアプリケーション
薄膜抵抗器は、信号の純度と正確性が求められる回路に不可欠です。具体的には、微小なセンサー信号を扱うオペアンプの増幅回路や、ハイエンドなオーディオ機器において、その低ノイズ特性が性能を左右します。
近年では、電気自動車(EV)のバッテリーマネジメントシステム(BMS)における高精度な電圧監視や、5G通信モジュールなどの高周波回路での採用が急増しています。これらの用途では、寄生成分が少なく、GHz帯域まで安定した特性が必要とされるためです。
長期安定性とコストのバランス
産業機器などの長寿命製品では、経年変化による抵抗値のズレ(ドリフト)を考慮する必要があります。1000時間の負荷試験において、厚膜抵抗器は±1%〜±3%程度変化するのに対し、薄膜抵抗器は±0.05%〜±0.5%程度と極めて高い安定性を維持します。
調達面では、厚膜の主原料であるルテニウムの供給リスクが懸念材料となる場合があります。一方で、薄膜抵抗器は量産技術の向上により価格差が縮小しており、従来はコストで諦めていた箇所でも採用しやすくなっています。
まとめ
- 厚膜抵抗器と薄膜抵抗器の本質的な違いは、スペックの優劣ではなく、「質量による頑丈さ(厚膜)」と「原子レベルの精緻さ(薄膜)」という物理的なトレードオフの関係にあります。
- コストや抵抗値だけで判断せず、回路が直面するストレス(突入電流による発熱、信号品質を損なうノイズ、硫化ガスなどの環境要因)を見極め、それぞれの特性が活きる適材適所の選定を行うことが重要です。
- エネルギーを吸収する「力仕事」には厚膜、信号を正確に伝える「精密作業」には薄膜というように、役割に応じた使い分けが、製品の長期的な信頼性と性能を決定づけます。
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