AIの活用でCAEを高速化 | 設計開発・解析業務を効率化する手法

現代の製造業において、製品開発の品質向上やコスト削減を実現するために、CAE(Computer-Aided Engineering)は不可欠な技術となっています。しかし、その一方で、解析にかかる膨大な計算時間や専門知識への依存といった課題も存在します。こうした従来のCAEが抱えるボトルネックを解消する鍵として、AI・機械学習、特に「サロゲートモデル」と呼ばれる技術が大きな注目を集めています。本記事では、AIがCAEをどのように進化させるのか、その中核技術であるサロゲートモデルの仕組みから、導入のメリット、活用ポイントまで詳しく解説します。

CAEの役割と課題

現代のものづくりに不可欠なCAE

CAE(Computer-Aided Engineering)とは、製品の設計・開発プロセスにおいて、コンピュータを用いたシミュレーションによって性能評価や事前検証を行う技術全般を指します。

ものづくりの現場では、まずCAD(Computer-Aided Design)で製品の3Dモデル(設計図)を作成し、そのデータを基にCAM(Computer-Aided Manufacturing)で製造用のプログラムを作成するのが一般的です。CAEは、このCADとCAMの間に位置し、CADで作成されたデジタルモデルを用いて、物理的な試作品を作ることなく性能を検証する役割を担います。

具体的には、構造解析(強度・剛性)、流体解析(空気や水の流れ)、熱伝導解析(熱の伝わり方)、電磁界解析(電波や磁力の影響)など、さまざまな物理現象をシミュレーションし、製品に潜む問題を設計の初期段階で洗い出すことができます。

従来のCAEが抱える課題

CAEは製品開発の効率化に大きく貢献する一方、その運用にはいくつかの構造的な課題が存在します。これらは多くの開発現場でボトルネックとなっています。

膨大な計算時間とコスト

複雑な物理現象を忠実に再現するシミュレーションには、高性能なコンピュータ(HPC)を用いても数時間から数日、場合によっては数週間を要することがあります。この時間的な制約が、試せる設計パターンの数を著しく制限し、開発リードタイムの長期化を招く大きな要因となっています。

専門知識への依存と属人化

CAEを適切に使いこなすには、物理学や有限要素法(FEM)といった数値解析手法に関する深い専門知識が不可欠です。そのため、多くの企業では設計部門とは別にCAE専門の部署や担当者を置いていますが、これが組織的なサイロを生み、設計者が解析結果を得るまでに数週間を要するなど、開発のスピード感を損なう原因にもなっています。

煩雑な準備作業

解析を実行する前には、CADデータの修正や、解析用のメッシュ(モデルを微小な要素に分割する作業)作成といった、手間のかかる準備作業が必要です。これらの作業は解析精度を左右する重要な工程ですが、設計者にとっては付加価値を直接生まない時間であり、大きな負担となっています。

設計変更への対応の難しさ

開発プロセス終盤での仕様変更は、プロジェクトに大きな影響を与えます。たとえ軽微な設計変更であっても、CAEでは関連する解析を一からやり直す必要が生じることが多く、それまでの最適化検討が無駄になったり、開発スケジュールの大幅な遅延につながったりするケースも少なくありません。

CAEにAI・機械学習を導入するメリット

開発リードタイムの短縮

後述する、AIを活用した「サロゲートモデル」は、従来の物理シミュレーションに代わり、解析結果を数秒から数分という驚異的な速さで予測します。これまで数日かかっていた計算も大幅に短縮でき、設計と検証のサイクルが劇的に高速化します。

設計の高度化と最適化

解析時間がボトルネックでなくなり、膨大な数の設計パターンを短時間で評価できるようになります。性能、重量、コストといった相反する複数の要求を同時に満たす最適な設計(多目的最適化)を効率的に見つけ出すことができ、人間の直感だけでは到達し得なかった、革新的で高性能な設計案の発見につながります。

解析業務の属人化解消とナレッジの共有

専門家が作成したCAEの解析データをAIに学習させることで、その知見やノウハウをデジタル資産としてモデルに凝縮できます。これにより、CAEの専門家ではない設計者自身が、手軽に高度な解析結果の予測を行えるようになります。部門間の壁を取り払い、組織全体で技術的知見を共有・再利用する文化を育むことにもつながります。

AI×CAEの中核技術「サロゲートモデル」とは

AIを活用したCAEの進化を支えるのが、「サロゲートモデル」という中核技術です。ここでは、その基本的な仕組みと特徴について解説します。

サロゲートモデルの基本的な仕組み

サロゲートモデルとは、その名の通り、時間のかかる物理シミュレーションの「代理(Surrogate)」として機能する、機械学習を用いて構築された予測モデルのことです。

まず、学習データとして、様々な入力条件(形状パラメータ、物性値など)と、それに対応する従来のCAEによる出力結果(応力分布、温度、流れの速さなど)のペアを多数用意します。サロゲートモデルは、この大量の教師データから入力と出力の間の複雑な関係性を学習します。

一度学習が完了すれば、新たな入力条件を与えるだけで、物理方程式を解くことなく、瞬時に高精度な予測結果を出力できます。これにより、計算コストを劇的に削減することが可能になります。

従来のCAEシミュレーションとの比較

特徴

従来のCAE
(物理シミュレーション)

サロゲートモデル
(機械学習)

計算時間

遅い(数時間〜数日)

非常に速い(数秒〜数分)

計算原理

物理方程式(有限要素法など)を解く

入出力データのパターンから関係性を学習する

未知の現象への対応

原理に基づき柔軟に対応可能

学習データの範囲に依存する

サロゲートモデルの構築と活用の流れ

サロゲートモデルを実際に業務で活用するまでのプロセスは、一般的に以下の4つのステップで進められます。

step01.
課題設定とデータ収集

はじめに、何を予測したいのかという課題を明確にします。次に、その課題に合わせて、様々な入力パラメータを変化させた従来のCAEシミュレーションを計画的に実行し、学習に必要となる質の高い教師データを収集します。

step02.
モデルの学習

収集した入力と出力のデータペアを用いて、機械学習モデルを訓練します。この過程で、モデルはデータ間の法則性を学び、予測精度を高めていきます。モデルの性能を最大限に引き出すためには、ハイパーパラメータと呼ばれる設定値の調整が重要になります。

step03.
精度検証

学習が完了したモデルが、未知のデータに対しても正しく予測できるか(汎化性能)を評価します。学習には使用していない別のテストデータを用いて精度を検証し、モデルの信頼性を確認する非常に重要なステップです。

step04.
展開と活用

精度が検証されたサロゲートモデルを、設計・開発のワークフローに組み込みます。これにより、設計者はいつでも手軽に性能予測を行えるようになり、迅速な意思決定や設計の最適化に活用できます。

高精度なサロゲートモデルを実現する技術

サロゲートモデルが学術的な興味の対象から、実用的なエンジニアリングツールへと進化するためには、いくつかの重要な技術的ブレークスルーが必要でした。

複雑な3D形状を扱うグラフニューラルネットワーク

工業製品の性能は、その複雑な3次元形状と密接に結びついています。従来のAIで主流だったCNN(畳み込みニューラルネットワーク)は、規則正しい格子状(ユークリッド構造)のデータを扱うのには非常に強力ですが、製品の3Dメッシュのような頂点と辺の繋がりが不規則なデータ(非ユークリッド構造)を直接扱うのは苦手です。

そこで登場したのが、GNN(グラフニューラルネットワーク)です。GNNは、3Dメッシュを「頂点(ノード)」と「辺(エッジ)」からなるグラフ構造として捉えます。これにより、形状のトポロジー(繋がり方)や幾何情報をありのままに学習することができ、CNNでは失われがちだった重要な形状特徴を保持したまま、高精度な予測を実現します。

物理法則を組み込んだAIモデルの重要性

エンジニアにとって、AIの予測プロセスが「ブラックボックス」であることは、その結果を信頼する上での大きな懸念点です。純粋にデータだけから学習したモデルは、学習データの範囲を超えた未知の状況に対して、物理的にあり得ない予測をしてしまう可能性があります。

この課題を克服するため、AIモデルの構造自体に物理法則を組み込むアプローチが開発されています。例えば、物体を回転させても物理現象は変わらないという「回転不変性」をモデルに持たせることで、予測の安定性と信頼性を大幅に向上させます。このような「物理法則を考慮したAI」は、より少ない学習データで高い精度を達成できる傾向があり、実用的なサロゲートモデルの鍵となる技術です。

流体解析AIプラットフォーム「RICOS Lightning」のご紹介

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株式会社RICOSは、これまで解説してきたAIとCAEの融合を具現化する、流体・熱流体解析に特化したAIプラットフォーム「RICOS Lightning」を提供しています。

開発プロセスを革新するRICOS Lightningの特長

RICOS Lightningは、従来の流体CAE解析の結果をAIで高速・高精度に予測するクラウドサービスです。最大の特長は、「AIでCAEを100倍高速化」する圧倒的な計算速度にあります。これまで半日から数日を要していた自動車の空力解析のような計算を、わずか10分から20分で完了させた実績があり、開発の意思決定サイクルを劇的に加速させます。自動車、空調などの産業機械、電子機器といった幅広い製造業の開発プロセス革新に貢献します。 

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独自の特許技術「IsoGCN」による高精度予測

RICOS Lightningには、当社独自の特許技術(特許第6845364号)であるAIアルゴリズム「IsoGCN(アイソジーシーエヌ)」が採用されています。

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複雑な3Dメッシュ形状を直接扱える

IsoGCNは、GCN(グラフニューラルネットワーク)をベースとしており、複雑な3Dメッシュ形状を直接扱えるため、細かい部品形状も詳細に捉えた高精度な予測が可能です。

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形状が回転・平行移動しても物理的に正しい結果を出力

さらに、モデルに物理現象の特性を組み込むことで、形状が回転・平行移動しても物理的に正しい結果を出力する安定性を確保。これにより、未学習の新しい形状に対しても信頼性の高い予測を実現します。

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様々な業界での導入・活用事例

RICOS Lightningは、すでに国内外の多くのメーカー様で検証・導入が進んでいます。

自動車業界(空力解析)

スズキ株式会社様が空力解析の高速化に向けた検証を推進されているほか、マツダ株式会社様にもご導入いただいています。流速や圧力分布、空気抵抗係数(Cd値)を高速に予測し、効率的な設計プロセスを支援しています。

機械・空調業界

ダイキン工業株式会社様では、圧縮機内部の流れ評価の高速化に向けた検証が開始されています。

その他

室内の気流解析では誤差1%程度で100倍の高速化を達成したほか、熱交換器の強制空冷解析、気液二相流解析、攪拌解析など、多岐にわたる分野でその有効性が実証されています。

 

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