流体解析とは?AI活用によるCFDの効率化について解説
目次
流体解析(CFD)とは
流体解析は、製品開発の現場で広く用いられるシミュレーション技術の一つです。まずは、その基本的な定義や関連用語との違いについて確認しましょう。
流体解析でできること
流体解析とは、液体や気体といった「流体」の動きや、それに伴う熱の伝わり方などを、コンピューター上で計算・予測する技術のことです。英語では「Computational Fluid Dynamics」と呼ばれ、その頭文字をとって「CFD」とも称されます。日本語では「数値流体力学」と訳されます。
この技術を用いることで、自動車周りの空気の流れや電子機器内部の熱の分布、配管内の水の挙動など、目には見えない現象を可視化し、定量的に評価できます。物理的な試作品を作らずとも、設計段階で製品の性能を予測したり、潜在的な問題点を発見したりできるため、開発の手戻りを防ぎ、コスト削減や品質向上に大きく貢献します。
CAEや熱流体解析との違い
流体解析としばしば混同されがちな用語に、「CAE」や「熱流体解析」があります。それぞれの意味を正しく理解しておくことが重要です。
| CAE (Computer-Aided Engineering) |
CAEは、コンピューター支援設計の総称です。構造解析や電磁場解析、そして本記事で扱う流体解析など、製品設計における様々なシミュレーション技術全体を指す、より広範な概念です。つまり、流体解析(CFD)は、CAEという大きな枠組みの中に含まれる、一つの専門分野と位置づけられます。 |
|---|---|
| 熱流体解析 |
熱流体解析は、流体の「流れ」と「熱の移動」を同時に考慮して行う解析のことです。例えば、電子機器の冷却性能評価や、熱交換器の効率分析など、流れと熱が密接に関係する現象を扱う際に用いられます。これも流体解析の一種ですが、特に熱の要素が重要となる場合に特化して使われる言葉です。 |
製造業における流体解析の重要性と活用事例
開発の「フロントローディング」を加速
「フロントローディング」とは、製品開発の初期段階、つまり構想・設計といった上流工程にリソースを集中させ、後工程で発生しうる問題を未然に防ぐ開発手法です。従来の開発プロセスでは、試作品が完成した後のテスト段階で重大な欠陥が見つかり、設計を大幅にやり直す「手戻り」が発生することが少なくありませんでした。こうした手戻りは、開発期間の長期化やコストの増大を招く大きな原因です。
流体解析は、この課題を解決する鍵となります。設計の初期段階でコンピューター上に仮想の試作品を作り、様々な条件下で性能をシミュレーションすることで、問題点を早期に洗い出すことが可能です。これにより、手戻りのリスクを抜本的に減らし、開発期間の短縮とコスト削減、そして最終的な製品品質の向上を実現します。
幅広い業界での活用事例
流体解析の応用範囲は非常に幅広いです。ここでは、代表的な業界とその活用例をいくつかご紹介します。
| 業界 |
具体的な活用・解析例 |
貢献する価値 |
|---|---|---|
| 自動車 | 車体の空力解析(空気抵抗の低減)、エンジン冷却、車室内の空調・ウイルス飛沫拡散解析 | 燃費向上、快適性・安全性の向上 |
| 電子・電気機器 | CPUクーラーや半導体パッケージの熱解析、筐体の冷却設計、LEDの発熱対策 | 製品の信頼性・寿命向上、小型化の実現 |
| 航空宇宙・重工業 | 航空機の翼周りの空力特性評価、ジェットエンジンやタービンの性能解析 | 安全性確保、エネルギー効率の最大化 |
| 建築・建設 | ビル風の評価、クリーンルームの気流制御、室内の換気・汚染物質拡散予測 | 居住環境の快適性・安全性向上 |
| エネルギー・プラント | 熱交換器の効率改善、配管内の圧力損失評価、撹拌槽の混合性能解析 | プラントの運転効率向上、コスト削減 |
従来の流体解析が抱える主な課題
流体解析は非常に強力なツールですが、そのポテンシャルを最大限に引き出す上では、いくつかの大きな課題が存在します。これらの課題が、解析業務の効率化や、設計者自身による活用の障壁となっています。
膨大な計算時間とコスト
従来の流体解析における最大の課題は、計算に非常に長い時間がかかることです。解析の規模や複雑さによっては、1回の計算を実行するのに半日から数日、場合によっては1週間以上を要することも珍しくありません。
この長い計算時間は、設計の試行錯誤(イテレーション)の回数を著しく制限します。結果として、より良い設計案を十分に探求する時間がなくなり、イノベーションの機会を逃すことにも繋がりかねません。また、解析には高性能なコンピューター(HPC)や、高額なソフトウェアライセンスが必要となり、導入・運用コストが大きな負担となる点も課題です。
高度な専門知識の必要性
流体解析を適切に実施し、その結果を正しく解釈するためには、流体力学や数値計算に関する深い専門知識が不可欠です。解析モデルの作成から、境界条件の設定、計算結果の妥当性の評価まで、一連のプロセスには高度なスキルが求められます。
しかし、こうした専門知識を持つエンジニアは限られており、多くの企業で人材不足が課題となっています。その結果、解析業務が特定の専門家に集中し、設計者が解析を依頼してから結果を得るまでに時間がかかる「ボトルネック」が生じがちです。これでは、設計者が気軽に解析を活用し、設計プロセスにフィードバックすることは困難です。
解析精度とメッシュ生成の難しさ
解析の精度を担保する上で、「メッシュ生成」という工程が極めて重要になります。メッシュ生成とは、解析対象の形状を、コンピューターが計算できるように微小な要素(メッシュ)に分割する作業です。このメッシュの品質が、解析結果の精度を大きく左右します。
しかし、自動車のボディのように複雑な形状に対して、品質の高いメッシュを手作業で作成するのは非常に時間がかかり、熟練の技術を要する難しい作業です。また、乱流のような複雑な物理現象を正確にモデル化することも難しく、シミュレーション結果と実験値との間に誤差が生じることもあります。なぜ誤差が生じたのかを検証する作業もまた、容易ではありません。
課題解決の鍵を握るAIの活用
これまで述べてきたような、従来の流体解析が抱える「時間」「専門性」「複雑さ」といった課題を解決する技術として、近年、AI(人工知能)の活用が急速に進んでいます。
AIがもたらす流体解析の変革
AIを活用した流体解析では、「サロゲートモデル(代理モデル)」と呼ばれる技術が中心的な役割を果たします。これは、過去に実施した膨大なシミュレーション結果をAIに学習させることで、設計形状(入力)と性能(出力)の間の複雑な関係性を捉えた予測モデルを構築するものです。
一度このサロゲートモデルが完成すれば、新しい設計データを入力するだけで、AIが瞬時に解析結果を予測してくれます。従来の物理法則に基づく方程式を毎回ゼロから解く手法とは異なり、AIが学習済みの知識から「予測」を行うため、計算時間を劇的に短縮できるのです。
AI活用のメリット
AIを流体解析に導入することで、従来の課題を解決し、以下のような大きなメリットが生まれます。
| 圧倒的な時間短縮 |
|
|---|---|
| 専門知識への依存を低減 |
|
| 設計プロセスの革新 |
|
AI流体解析サービス「RICOS Lightning」のご紹介

株式会社RICOSは、流体解析の結果をAIで高速・高精度に予測するクラウドサービス「RICOS Lightning(リコス ライトニング)」を提供しています。
AIでCAEを100倍高速化
既存のCAE結果を学習させることで、従来の解析手法と比較して100倍以上の高速化を実現します。例えば、従来は半日から数日を要していた自動車の空力解析を、10〜20分で予測した実績があります。

複雑な3D形状への対応
グラフニューラルネットワーク(GNN)をベースとした独自のアルゴリズムにより、3Dメッシュデータを直接扱えます。これにより、工業製品に見られるような微細な部品を含む複雑な形状でも、その特徴を失うことなく高精度な予測が可能です。

未学習の形状でも高精度な予測を実現
従来の機械学習アルゴリズムは、形状データを回転・平行移動してしまうと全く別のデータであると認識されてしまい予測精度が低下するというデメリットがありました。RICOS Lightningでは、アルゴリズムに物理現象の特性が組み込まれています。これにより形状の回転や平行移動もきちんと認識することができるため、信頼性の高い予測を行うことが可能です。

独自の特許技術「IsoGCN」
RICOS Lightningの技術的な中核をなすのが、独自の機械学習アルゴリズム「IsoGCN(アイソジーシーエヌ)」です。この技術は、グラフニューラルネットワークを用いてCAE結果を予測する基本特許(特許第6845364号)を取得しています。IsoGCNは、アルゴリズム自体に物理現象の特性を組み込んでいるため、学習データにない新しい形状に対しても、回転や平行移動などを正しく認識し、信頼性の高い予測結果を得ることができます。

設計・開発プロセスを革新する導入効果
RICOS Lightningを導入することで、以下のような効果を期待できます。

| 製品の高機能化 | 解析サイクルが高速化することで、限られた開発期間内により多くの設計案を評価できるようになり、製品の性能を極限まで高めることが可能になります。 |
|---|---|
| 開発のコストダウン | 多数の設計案の初期評価(スクリーニング)をRICOS Lightningで行い、有望な案のみに絞ってから高コストな詳細解析や試作実験を行うことで、開発全体のコストを大幅に削減します。 |
| 誰でも手軽に扱える |
設計者が自ら解析を行える環境を整えることで、解析専門家はより高度で専門的な業務に集中できます。これにより、組織全体の開発効率が向上します。 |
さまざまな業界での導入・検証事例
RICOS Lightningは、自動車、機械、電気電子など、幅広い業界の流体解析に適用可能です。スズキ株式会社様では自動車設計における空力解析の高速化を目指す検証が進められているほか、ダイキン工業株式会社様とは圧縮機内部流れの高速予測に関する共同検証が行われています。その他、マツダ株式会社様をはじめ、国内外の複数の自動車メーカーや機器メーカーに導入されています。
AIによるCFD効率化の
関連プレゼンテーション
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