負極材とは?リチウムイオン電池の性能を決める種類や選び方を解説

リチウムイオン電池は、電気自動車(EV)やスマートフォン、産業用機器まで、現代社会のあらゆる場面で利用されています。このリチウムイオン電池の性能、特に容量や寿命、安全性を大きく左右するのが「負極材」です。負極材の選択は、最終製品の競争力を決める重要な要素といえます。

本記事では、リチウムイオン電池の性能を左右する重要な部材である「負極材」について、その基本的な役割から種類ごとの特徴、選定のポイントまで詳しく解説します。

負極材とは?リチウムイオン電池の基本と役割

負極材は、リチウムイオン電池の性能を決定づける心臓部の一つです。その役割を理解するために、まずはリチウムイオン電池の基本的な構造と、充放電の仕組みから見ていきましょう。

リチウムイオン電池を構成する4つの主要部材

リチウムイオン電池は、主に以下の4つの部材で構成されています。

  1. 正極(Cathode):リチウムイオンの供給源となる活物質が含まれています。コバルト酸リチウムやリン酸鉄リチウムなどが用いられます。

  2. 負極(Anode):正極から移動してきたリチウムイオンを蓄え、放出する役割を担います。本記事で詳しく解説する部材です。

  3. セパレーター(Separator):正極と負極の間に位置し、両極が直接接触してショート(短絡)するのを防ぐ微多孔性の膜です。リチウムイオンのみを通過させます。

  4. 電解液(Electrolyte):正極と負極の間を満たし、リチウムイオンが移動するための媒体となる液体です。

これら4つの部材が一体となって、電気エネルギーを化学エネルギーとして蓄えたり、取り出したりする機能を実現しています。

充放電の仕組みにおける負極材の働き

負極材の最も重要な役割は、充電時にリチウムイオンを受け入れて貯蔵し、放電時にそれを放出することです。

充電時

外部電源から電流を流すと、正極に含まれるリチウムイオン(Li+)が電解液を通って負極側へ移動します。負極材は、多くが層状の構造を持っており、その層の間にリチウムイオンを安定的に取り込み、蓄えます(インターカレーションと呼ばれます)2。この状態が、電池がエネルギーで満たされた「充電状態」です。

放電時

電池に接続された機器(モーターや電子回路など)が作動すると、今度は逆に、負極材に蓄えられていたリチウムイオンが正極側へと戻っていきます。このイオンの移動に伴い、電子(e−)が外部の回路を流れることで電流が発生し、エネルギーとして利用されます。

この一連のプロセスにおいて、負極材はリチウムイオンを安全かつ可逆的に出し入れするための「器」として機能します。リチウムを金属として析出させることなく、常にイオンの状態で安定して保持する能力が、リチウムイオン電池の安全性と長寿命を支える根幹技術となっています。

リチウムイオン電池用負極材の主な種類と特徴

負極材にはいくつかの種類があり、それぞれに異なる特性を持ちます。どの材料を選ぶかによって、電池のエネルギー密度、寿命、安全性、コストといった性能が大きく変わるため、用途に応じた最適な選択が不可欠です。ここでは、代表的な3つの系統について解説します。

炭素系負極材

炭素(カーボン)を主成分とする負極材は、性能バランスとコストパフォーマンスに優れることから、現在最も広く利用されています 7。主に、天然黒鉛と人造黒鉛に大別されます。

天然黒鉛(Natural Graphite)

鉱山から採掘される天然の黒鉛を原料とします。比較的安価で、高いエネルギー密度を持つのが特長です 。一方で、品質のばらつきや、急速充電時に膨張しやすく電池の寿命を縮める可能性があるといった課題も指摘されています。

人造黒鉛(Artificial Graphite)

石油コークスなどを高温で熱処理して人工的に製造される黒鉛です。粒子構造が均一で純度が高く、充放電を繰り返しても膨張しにくい安定性を持っています。そのため、長いサイクル寿命と急速充電性能が求められる電気自動車(EV)向け電池で主流となっています。ただし、製造に多大なエネルギーを要するため、天然黒鉛に比べて高価になる傾向があります 10。

ハードカーボン/ソフトカーボン

黒鉛化しにくい「ハードカーボン」や、黒鉛化しやすい「ソフトカーボン」といった非晶質の炭素材料も存在します。これらはサイクル安定性や低温環境での性能に優れますが、一般的にエネルギー密度は黒鉛系に劣ります。

シリコン(Si)系負極材

次世代の負極材として最も期待されているのがシリコン(ケイ素)系材料です。その最大の魅力は、黒鉛の約10倍にも達する圧倒的な理論容量にあります。シリコン系負極材が実用化されれば、電池をより小型・軽量化したり、航続距離を飛躍的に伸ばしたりすることが可能になります。

しかし、実用化には大きな課題も存在します。それは、充電時にリチウムイオンを吸蔵することで体積が3倍以上に膨張してしまう点です。この激しい膨張と収縮の繰り返しにより、電極の構造が破壊され、電池容量が急激に劣化してしまいます。

この課題を克服するため、シリコンの粒子をナノサイズにしたり、炭素材料と複合化させたり(Si/C複合材)、一酸化ケイ素(SiO)の形で利用したりするなど、膨張を抑制するための研究開発が世界中で活発に進められています。

チタン酸リチウム(LTO)系負極材

チタン酸リチウム($Li_4Ti_5O_{12}$)は、酸化物系の負極材であり、他の材料にはない際立った特長を持っています。

その最大の利点は、卓越した安全性と長寿命です。LTOは充放電時の体積変化がほとんどなく、結晶構造が非常に安定しています。これにより、製品によっては20,000回を超える圧倒的なサイクル寿命を実現します。また、作動電位が高いため、内部短絡の原因となるリチウム金属の析出(デンドライト)が起こりにくく、熱暴走のリスクを大幅に低減できます。

さらに、6分で容量の80%を充電できるほどの急速充電性能や、-30°Cの極低温環境でも安定して動作する優れた温度特性も兼ね備えています。

一方で、エネルギー密度が炭素系に比べて低いという欠点があり、同じ容量の電池を作る場合、サイズが大きく重くなります。このため、エネルギー密度よりも安全性や長寿命、急速充電性能が最優先される特殊な用途で採用されています。

主要な負極材の性能比較

これまで解説した各負極材の特性を一覧にまとめました。材料選定の際には、どの性能を優先すべきか、どのようなトレードオフが存在するのかを把握することが重要です。例えば、エネルギー密度を追求すればシリコン系が有力ですが、安全性や寿命との両立が課題となります。逆に、安全性を最優先するならLTOが最適ですが、エネルギー密度は犠牲になります。現在の主流である黒鉛系は、これらの性能をバランス良く満たす材料として位置づけられています。

項目

天然黒鉛

人造黒鉛

シリコン系

チタン酸リチウム(LTO)

エネルギー密度(理論容量)

中〜高

非常に高い

サイクル寿命

低(改善中)

非常に高い

安全性

低(改善中)

非常に高い

急速充電性能

中(改善中)

非常に高い

コスト

中〜高

体積膨張率

非常に高い

非常に低い

負極材の主な用途例

負極材の特性は、最終製品の用途と密接に関連しています。ここでは、代表的なアプリケーションごとに、どのような負極材が選ばれているかを紹介します。

車載用(EV・PHEV)

電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)には、長い航続距離を実現するための「高エネルギー密度」、長期間の使用に耐える「長寿命」、利便性を高める「急速充電性能」、そして何よりも「高い安全性」が求められます。

これらの要求を高いレベルで満たすため、現在は人造黒鉛が主流の材料として採用されています 8。将来的には、航続距離をさらに伸ばすため、シリコン系材料の採用が本格化すると予測されていますが、その普及は2030年手前になるとの見方もあります 26。一部の電動バスなど、特定のルートを頻繁に往復し、急速充電が不可欠な車両では、LTOが採用されるケースもあります 27。

民生用(スマートフォン・PC)

スマートフォンやノートPCなどの民生用電子機器では、小型・軽量でありながら長時間の使用を可能にするため、エネルギー密度が最優先されます。

この分野では、コストと性能のバランスから天然黒鉛と人造黒鉛を混合したものが広く使われています 。近年では、さらなる高容量化を目指し、ハイエンドモデルを中心にシリコンを数パーセント添加した負極材の採用も進んでいます。

産業用(蓄電システム・AGV)

産業用途では、求められる性能が多岐にわたります。例えば、再生可能エネルギー発電所に併設される大規模な定置用蓄電システム(ESS)では、エネルギー密度よりもコストと数十年単位での運用に耐える長寿命、そして安全性が重視されます。

一方、工場の自動化を支える無人搬送車(AGV)やロボットでは、稼働率を最大化するための急速充電性能と、交換コストを抑えるための長寿命が極めて重要です。このような用途では、LTOがその特性を最大限に発揮します。

負極材の選定で考慮すべきポイント

新しい製品開発や既存製品の改良で負極材を選定する際には、いくつかの重要な視点から総合的に判断する必要があります。

求める電池性能とのバランス

まず、製品の用途から逆算し、電池に求められる性能の優先順位を明確にすることが不可欠です。例えば、ドローンのように飛行時間が性能を左右する製品であればエネルギー密度が最優先されます。一方、医療機器のように人命に関わる装置では安全性が絶対条件となります。このように、どの性能を重視し、どの性能をある程度許容できるのか、性能間のトレードオフを理解した上で材料候補を絞り込みます。

コストと供給の安定性

製品の価格競争力を確保するためには、材料コストの評価が欠かせません。例えば、天然黒鉛と人造黒鉛では、性能だけでなく価格にも差があります。また、長期的な視点では、材料の安定供給も重要な要素です。特定の地域に産出が偏る天然資源か、工業的に生産される材料かによって、地政学リスクやサプライチェーンの強靭さが異なります。

製造プロセスとの適合性

負極材の変更は、単に材料を入れ替えるだけでは完了しません。新しい材料の特性に合わせて、電極を形成する際のバインダー(結着剤)や電解液の組成、塗工プロセスなど、製造工程全体の見直しが必要になる場合があります。特にシリコン系材料のように体積変化が大きい材料を扱うには、その膨張を制御するための特殊な電極設計や製造ノウハウが求められます。

負極材導入の一般的な流れ

製造業において、新しい負極材を採用した電池開発を進める際の一般的なプロセスは以下の通りです。

  1. 要件定義と目標設定
    製品のコンセプトに基づき、電池に求められる容量、寿命、入出力特性、コスト、安全性などの具体的な目標値を設定します。

  2. 材料の調査と選定
    設定した目標を達成できる可能性のある負極材の候補を調査し、技術的な実現性やコスト、供給安定性などを評価して選定します。

  3. 試作・少量評価
    選定した材料を用いて、コインセルやラミネートセルなどの小規模な試作セルを作製し、基本的な電気化学特性(充放電カーブ、初期効率など)を評価します。

  4. 性能・安全性評価
    試作セルの性能を詳細に評価します。サイクル寿命試験、様々な温度環境下での充放電試験、釘刺しや圧壊といった安全性試験などを実施し、目標性能を満たしているかを確認します。

  5. 量産に向けたプロセス最適化
    量産化を視野に入れ、スラリー(電極材料のペースト)の混練条件や集電体への塗工条件、セルの組み立てプロセスなどを最適化し、安定した品質で生産できる体制を構築します。

  6. 品質管理体制の構築と量産開始
    材料の受け入れから製品の出荷まで、一貫した品質管理体制を確立し、量産を開始します。

VULCANUS製 負極材用シリコンパウダー

ナノサイズで精製された高純度シリコン

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VULCANUS(ブルカヌス)製 負極材用シリコンパウダーは、リチウムイオン電池の負極材に用いられるシリコンパウダーです。ナノサイズまで微細化された高純度のシリコンは、リチウムイオン電池の負極活物質として高い性能を発揮します。

旭日産業株式会社は、日本におけるVULCANUS製品の販売窓口です。半導体・電子部品関連の材料・部品・設備、電池材料などを幅広く取り扱っております。電池材料では、シリコンパウダー単体ではなく、カーボンコーティングを施した加工品や複合材についてもご提案が可能です。

 

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