分光器とは?仕組みや種類、選び方を解説

研究開発の現場から製造ラインの品質管理、さらには最先端の科学技術まで、幅広い分野で「光」を利用した分析が行われています。光には、物質の成分や状態に関する豊富な情報が含まれており、その情報を解き明かす鍵となるのが「分光器」です。分光器は、目には見えない光の世界を可視化し、高精度なデータへと変換する役割を担っています。

本記事では、分光器の基礎から、その応用、そして最適な分光器を選ぶためのポイントまで、幅広くご紹介します。

分光器とは?

分光器は、光をその構成要素である波長ごとに分解し、波長ごとの光の強さを測定するための光学機器です。分光器の基本的な原理を理解するために、まずは「分光」という現象と、それによって得られる「スペクトル」について見ていきましょう。

分光のしくみ

「分光」とは、さまざまな波長の光が混ざり合った状態の光を、波長に応じて分けることを指します。最も身近な例は、プリズムに太陽光を通すと虹色の光の帯が現れる現象です。これは、白色に見える太陽光が、実際には赤、橙、黄、緑、青、藍、紫といった連続的な色の光(波長)が混ざり合ってできていることを示しています。

プリズムは、光がガラスを通過する際に波長によって屈折する角度がわずかに異なる性質を利用して、光を虹色に分解します。分光器は、このプリズムや、より一般的に用いられる「回折格子(グレーティング)」と呼ばれる光学素子を使って、光を精密に波長ごとに分ける役割を果たします。この光を波長ごとに分ける働きを「分散」と呼びます。

スペクトルからわかること

分光器によって分光された光を、波長を横軸、光の強度を縦軸にしてグラフにしたものを「スペクトル」と呼びます。

物質は、それぞれ特定の波長の光を吸収、反射、あるいは透過するという固有の性質を持っています。そのため、物質を通過したり、表面で反射したりした光のスペクトルを分析することで、その物質が何であるか、またどのくらいの量が存在するのかを知ることができます。

例えば、ある物質に白色光を当て、透過してきた光を分光したとします。もし物質が特定の波長の光(例えば青色)を吸収する性質を持っていれば、得られるスペクトルはその波長の部分だけ強度が弱くなります。この吸収スペクトルのパターンは物質固有のものであり、「指紋」のように機能します。

これにより、分光器は主に2つの分析を可能にします。

定性分析 スペクトルのパターンから、サンプルにどのような物質が含まれているかを特定します。
定量分析 スペクトルの吸収や発光の強さから、特定の物質がどのくらいの濃度で含まれているかを測定します。

分光器の基本構成としくみ

一見複雑に見える分光器ですが、その基本構成はいくつかの主要な光学部品から成り立っています。ここでは、光が分光器の内部をどのように進んでいくのか、その道のりを追いながら各部品の役割を解説します。

入射スリット

入射スリットは、測定したい光が分光器内部に入るための、細長い開口部です。

スリットの幅を狭くすると、より細かい波長の違いを識別する能力である「波長分解能」が向上します。しかし、その一方で内部に入る光の量が減少するため、信号が弱くなり、ノイズの影響を受けやすくなる(SN比が低下する)という側面もあります。

逆にスリット幅を広げると、多くの光を取り込めるため明るい信号が得られますが、波長分解能は低下します。

このように、波長分解能と光量はトレードオフの関係にあり、測定の目的に応じて最適なスリット幅を選択する必要があります。

コリメーター

入射スリットを通過した光は、さまざまな方向に広がろうとします(発散光)。コリメーターは、レンズや凹面鏡を用いて、この発散光を平行な光線(平行光)に変換する役割を担います。

後段の分光素子がその性能を最大限に発揮するためには、光が平行に入射することが不可欠です。もし光が平行でなければ、分光素子上の場所によって光の入射角度が異なってしまい、正確な分光ができなくなります。コリメーターは、光の進行方向を整え、安定したスペクトルを得るための土台を作る重要な部品です。

分光素子

分光器の性能を決定づける最も重要な部品が、光を波長ごとに分ける分光素子です。主に「プリズム」と「回折格子」の2種類があり、現在ではほとんどの高性能な装置で回折格子が採用されています。

  • プリズム: ガラスなどの透明な媒質でできており、光が物質を通過する際に波長によって屈折する角度が異なる「屈折」という現象を利用して光を分けます。
  • 回折格子(かいせつこうし): 表面にミクロン単位の微細な溝が等間隔に数多く刻まれた光学素子です。CDの記録面が虹色に見えるのと同じ「回折」と「干渉」という光の波の性質を利用して、波長ごとに光を異なる角度へ反射(または透過)させます。
  プリズム 回折格子(反射型)
分散原理 物質の屈折率が波長によって異なることを利用 光の回折と干渉を利用
分散の均一性 波長に依存(紫外で大きく、近赤外で小さい) ほぼ均一で、分光器として優れた特性
迷光・高次光 迷光が少なく、高次光は発生しない 迷光や高次光(特定の波長の整数倍の光)が発生する可能性があり、対策が必要
温度依存性 大きい(温度で屈折率が変化するため) 小さい

回折格子は、温度変化に強く、どの波長域でも均一に光を分けられるという特性から、工業製品の品質管理など、安定性と再現性が求められる用途で特に優位性があります。

関連記事:「回折格子とは?原理や種類、選び方を解説」

検出器(ディテクター)

検出器(ディテクター)は、分光素子によって波長ごとに分けられた光を受け、それぞれの波長の光強度を電気信号に変換する役割を担います。この電気信号がデジタル化され、コンピュータ上でスペクトルとして表示されます。

検出器には様々な種類があり、測定したい光の波長域によって使い分けられます。例えば、紫外線から可視光、近赤外域(約200〜1100 nm)では、高感度なCCD(Charge-Coupled Device)センサーやCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)センサーが広く用いられます。一方、より波長の長い近赤外域(約900〜2500 nm)では、InGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)センサーなどが使用されます。

分光器の主な種類

分光器は、その動作原理や検出方法によっていくつかの種類に分類されます。ここでは、代表的な分類方法である「分散型と干渉型」および「モノクロメータとポリクロメータ」の違いについて解説します。

分散型と干渉型の違い

分光器は、光を波長ごとに分ける方法によって、大きく「分散型」と「干渉型」に分けられます。

分散型 (Dispersive Spectrometer)

前述の通り、プリズムや回折格子といった分光素子を用いて、物理的に光を空間的に分離(分散)し、それぞれの波長の強度を測定する方式です。紫外線、可視光、近赤外線の領域で一般的に使用される、最も古典的で直感的に理解しやすいタイプです。

干渉型 (Interferometric Spectrometer)

主に赤外分光で用いられる方式で、FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)が代表的です。この方式では光を直接分散させるのではなく、「干渉計」と呼ばれる機構を使います。光源からの光を2つに分け、一方の光路長を少しずつ変化させながら再び合成することで、干渉波形(インターフェログラム)を測定します。この複雑な波形には、すべての波長の光の情報が含まれており、コンピュータによる高速フーリエ変換(FFT)という数学的な処理を施すことで、最終的にスペクトルを得ます。

モノクロメータとポリクロメータの違い

分散型の分光器は、分光された光をどのように検出するかによって、さらに「モノクロメータ」と「ポリクロメータ」に分類されます。この違いは、装置の速度や柔軟性を大きく左右します。

モノクロメータ (Monochromator)

「モノ(mono)」が「単一」を意味する通り、特定の単一波長の光だけを取り出す装置です。分光素子で分けられた光の焦点面に「出射スリット」を配置し、そのスリットを通過した狭い波長範囲の光だけを、フォトダイオードなどの単一素子の検出器で測定します。スペクトル全体を測定するためには、回折格子を機械的に回転させて、異なる波長の光を順番に出射スリットへ導く「波長スキャン」が必要です。

モノクロメータは、スリット幅やスキャン範囲を柔軟に変更でき、高い波長分解能を実現できるため、精密な測定が求められる研究用途に適しています。

ポリクロメータ (Polychromator)

「ポリ(poly)」が「多数」を意味する通り、同時に多数の波長の光を測定する装置です。モノクロメータのような出射スリットはなく、分光素子によって虹のように広がったスペクトルを、CCDアレイセンサーのような多数の検出素子が並んだリニアイメージセンサーで一度に捉えます。機械的な可動部がないため、非常に高速な測定が可能です。

ポリクロメータは、高速性と堅牢性(可動部がないことによる)に優れるため、製造ラインでのリアルタイム監視や、屋外での使用も想定されるポータブル機器など、迅速な結果が求められる産業用途で広く採用されています。特に、分析装置に組み込むOEMコンポーネントとしては、その小型・高速・堅牢な特性からポリクロメータが選ばれることが多くなっています。

分光器の主な用途例

研究開発・学術分野

化学

新規化合物の構造決定、化学反応の進行状況のリアルタイム追跡、溶液中の特定物質の濃度測定など、化学研究のあらゆる場面で分光器は中心的な役割を果たします。

物理学 LEDやレーザーといった光源のスペクトル特性評価、新しい光学材料の透過・反射特性の分析など、光物性の研究に不可欠です。
生物学・
ライフサイエンス
タンパク質や核酸の濃度測定、蛍光標識を利用した細胞内の分子の動きの観察、非破壊での生体組織の分析など、生命現象の解明に貢献しています。
天文学 遥か彼方の恒星や銀河から届く微弱な光を分光分析することで、その天体の化学組成、温度、密度、さらには地球に対する相対速度までを知ることができます。

品質管理・品質保証

食品・農業 果物の糖度や野菜の栄養成分の非破壊測定、牛乳の脂肪分やタンパク質量の管理、穀物の水分量測定、製造ライン上での異物混入の検出など、食の安全と品質を守るために広く利用されています。
医薬品 原料の受け入れ検査から最終製品の純度試験、有効成分の含有量の確認まで、厳格な品質基準を満たすために分光器による分析が行われています。
半導体・
エレクトロニクス
スマートフォンやコンピュータに搭載される半導体チップの製造工程において、シリコンウェーハ上に形成されるナノメートル単位の薄膜の厚さを精密に測定・管理するために分光干渉の技術が用いられます。
プラスチック・
高分子
種類によって近赤外域に特有の吸収スペクトルを持つことを利用し、リサイクル工場で廃棄プラスチックを材質ごと(PET, PE, PPなど)に高速で自動選別するために活用されています。

分析装置への組み込み

臨床検査装置 病院や検査センターで使用される血液分析装置や尿分析装置には、血液中の成分(ヘモグロビン、ビリルビンなど)を迅速に定量するための小型分光器モジュールが内蔵されています。
プロセス分析(PAT) 化学プラントや医薬品製造ラインなどに分光器と光ファイバープローブを直接設置し、製造プロセスをリアルタイムで監視・制御することで、品質の安定化と生産効率の向上を実現します。
色彩計・色差計 塗料、印刷、繊維、食品業界などで製品の「色」を客観的な数値として管理するために使われる色彩計の内部には可視光領域を測定する小型の分光器が搭載されています。

分光器の選び方

自社の目的や用途に最適な分光器を選定するためには、いくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。

測定対象とアプリケーション

まずは「何を、何のために測定したいのか」を明確にします。例えば、「プラスチック片を種類ごとに選別したい」「果物の糖度を非破壊で測りたい」「ウェーハ上の薄膜の厚さを管理したい」といった具体的なアプリケーションを定義することが、後続の技術的な仕様決定の羅針盤となります。アプリケーションが異なれば、最適な波長範囲や測定方法、求められる性能も全く異なります。

測定したい波長範囲

アプリケーションが決まると、おのずと測定すべき波長範囲が見えてきます。物質と光の相互作用は波長に大きく依存するため、ターゲットとする現象を捉えられる波長範囲をカバーする分光器を選ぶことが不可欠です。

紫外線 (UV) 領域
(約200-400 nm)
分子内の電子遷移に関わる吸収を捉えるのに適しており、有機化合物の定量分析や、半導体などの薄膜測定に利用されます。
可視光 (VIS) 領域
(約400-780 nm)
人間の目が色として認識する領域です。溶液の比色分析や、物体の色測定、食品検査など、最も幅広く利用されている波長帯です。
近赤外 (NIR) 領域
(約780-2500 nm)
分子振動の倍音・結合音を観測する領域です。光が物質を透過しやすい性質を持つため、食品の成分(水分、糖、脂肪など)や医薬品の非破壊分析、プラスチックの材質判別などに利用されます。
中赤外 (MIR) 領域
(約2.5-25 µm)

分子振動の基準振動を直接観測するため、物質固有の非常に詳細な情報(指紋領域)が得られます。

重要な性能指標

分光器のカタログや仕様書には、性能を表す様々な指標が記載されています。これらの意味を正しく理解し、自社の要求レベルと照らし合わせることが重要です。

波長範囲

装置が測定できる波長の範囲。

選択時のポイント:
測定対象の吸収や反射が起こる波長域を完全にカバーしている必要があります。

波長分解能
(FWHM)

2つの近接した波長の光を、いかに細かく分離して認識できるかを示す指標。半値全幅(FWHM)で表されます。

選択時のポイント:
ガスの吸収線のようなシャープなスペクトルを測定する場合は高い分解能が、液体の吸収のようなブロードなスペクトルでは低い分解能でも十分な場合があります。

SN比
(S/N Ratio)

信号(Signal)と雑音(Noise)の比率。この値が大きいほど、ノイズに埋もれがちな微弱な信号も正確に捉えることができます。

選択時のポイント:
低濃度のサンプル測定や、微弱な蛍光・発光を検出する際に極めて重要になります。

ダイナミックレンジ

同時に測定できる最も弱い光と最も強い光の強度の比率。階調の細かさを示します。

選択時のポイント:
非常に明るいピークと暗いベースラインが混在するようなスペクトルを、飽和させずに正確に測定したい場合に重要です。

測定方法

分光器本体だけでなく、サンプルの状態や測定したい現象に応じて、適切な測定方法とそれに付随するアクセサリを選ぶ必要があります。

吸光測定 液体や気体など、光が透過するサンプルに適しています。光源、サンプルを保持するキュベットセル、分光器を一直線に配置して、サンプルを透過した光の減少量を測定します。
反射測定 固体や粉体、フィルムなど、不透明なサンプルの表面の色や特性を測定するのに適しています。光源からの光をサンプル表面に当て、反射してきた光を光ファイバープローブなどで分光器に導きます。表面が滑らかか、ざらざらしているかによって、正反射や拡散反射など適切な測定光学系を選びます。
蛍光測定 特定の波長の光を吸収した後に、それより長い波長の光を発する(蛍光)サンプルに適しています。非常に高感度で選択性が高い測定法です。励起用の強力な光源と、励起光と蛍光を分離するための光学フィルターなどが必要になります。

設置環境や運用

最後に、実用面での検討も欠かせません。

サイズ・携帯性 クリーンな環境の実験室に据え置くのか、製造ラインの脇に設置するのか、あるいは屋外に持ち出して測定するのか
堅牢性 振動や温度・湿度の変化が激しい工場環境でも、安定した性能を維持できるか
ソフトウェア・接続性 付属のソフトウェアは使いやすいか。既存の制御システムやデータベースと連携させるための通信インターフェースは備わっているか(特にOEM用途で重要)
コスト 装置本体の初期導入コストだけでなく、ランプ交換などの消耗品、メンテナンス費用を含めたトータルコストを考慮して選定することが賢明です。

信頼できる専門メーカーへの相談

ここまで解説したように、分光器の選定には波長範囲、分解能、測定方法、運用環境など、多岐にわたる専門的な知見が求められます。特に、自社の製造装置へ分光器を組み込む(OEM)場合や、特殊な条件下での測定を検討する際には、光学系の設計から考慮する必要があります。

このような場合、分光器の構成要素である回折格子などの光学素子から、分光器本体の設計・製造、さらには最適な光学配置の提案まで、一貫してサポートできる専門メーカーに相談することが、プロジェクト成功への近道となります。課題が明確になっていない段階でも、専門家と対話することで最適なソリューションが見つかるケースも少なくありません。

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まとめ

  1. 分光器は、光を波長ごとに分けて分析する装置であり、物質の特定(定性)や量の測定(定量)に不可欠なツールです。
  2. その種類は、測定原理(分散型/干渉型)や検出方法(モノクロメータ/ポリクロメータ)によって異なり、用途に応じて速度、分解能、柔軟性のバランスを考慮して選ばれます。
  3. 最適な分光器を選ぶには、測定対象、必要な波長範囲、性能指標(分解能、SN比など)、測定方法(吸光/反射/蛍光)を総合的に検討することが重要です。

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