工場の自動化(FA)や社会インフラ、さまざまな産業分野において、産業用PCは不可欠な存在となっています。オフィスで使われる一般的なPCとは異なり、過酷な環境下での安定稼働を前提に設計されているのが大きな特徴です。本記事では、産業用PCの基礎知識から民生用PCとの違い、主な種類と用途、選定のポイント、そして導入までの流れについて詳しく解説します。
産業用PCとは、その名の通り、産業用途での使用に特化して設計・製造されたコンピュータのことです。明確な定義はありませんが、「FA(ファクトリーオートメーション)コンピュータ」や「産業用コンピュータ」「インダストリアルPC」「エンベデッドPC(組み込み用PC)」など、さまざまな名称で呼ばれることもあります。
その主な目的は、製造ラインの制御や品質管理、設備の監視、データ収集・分析などを通じて、生産性や業務効率を高めることです。そのため、工場の生産設備や社会インフラの制御システムなど、長期間にわたって停止することが許されない重要な場面で、安定して稼働し続けるための高い信頼性と耐久性が求められます。
産業用PCを理解する上で重要なのが、オフィスや家庭で使われる「民生用PC」との違いです。
民生用PCは、文書作成やインターネット閲覧といった幅広い用途に対応するため、最新技術の採用による高性能化や、多くの人が購入しやすい価格設定が重視されます。そのため、1〜2年という短いサイクルでモデルチェンジが行われるのが一般的です。
一方、産業用PCは、最先端の性能よりも、長期間にわたる安定稼働が最優先されます。一度導入すると10年以上にわたって稼働し続けることが多く、その間に制御用のPCが故障した場合、全く同じモデルに交換できることが極めて重要になります。
もし民生用PCのように1〜2年でモデルが生産終了してしまうと、代替機を探し、システムとの互換性を検証し、場合によってはソフトウェアの再開発やシステムの再認証が必要になるなど、莫大なコストと時間がかかってしまいます。
工場の生産ラインやインフラの監視システムは、24時間365日、休むことなく稼働し続ける必要があります。産業用PCは、こうした連続稼働を前提として設計されており、内部には耐久性や信頼性の高い部品が厳選して使用されています。
例えば、マザーボードには産業用の高耐久品が採用され、冷却ファンには摩耗に強く高温下でも安定して動作するボールベアリング式のものが使われるなど、細部にわたって長寿命化が図られています。また、データの消失を防ぐためのRAID機能(複数のストレージを統合して信頼性を高める技術)や、ハードウェアの異常を自己診断して管理者に通知するRAS機能(Reliability, Availability, Serviceability)などを搭載し、万が一のトラブルを未然に防ぎ、システムの停止時間を最小限に抑える工夫が凝らされています。
産業用PCが設置される場所は、空調の効いた屋内とは限りません。工場では金属の粉塵が舞い、機械の振動が常に発生し、夏場には高温多湿になることも珍しくありません。屋外に設置される交通システムや監視装置は、さらに厳しい温度変化にさらされます。
産業用PCは、こうした過酷な環境でも安定して動作するよう、高い「耐環境性」を備えています 。筐体には衝撃に強い金属が使われ、内部に粉塵が侵入するのを防ぐために冷却ファンをなくした「ファンレス設計」が多くのモデルで採用されています。また、-20℃から60℃といった広い温度範囲での動作が保証されている部品を使用するなど、民生用PCでは想定されていない厳しい条件下での稼働を実現しています。防水・防塵性能はIP等級で示され、用途に応じて適切な保護レベルの製品を選ぶことができます。
産業用PCは、特定の用途に合わせて最適な仕様を構築できる高いカスタマイズ性も特徴です。CPUの処理能力、メモリやストレージの容量、OSの種類などを、アプリケーションの要求に応じて柔軟に選択できます。
特に重要なのが、各種の産業機器と接続するためのインターフェース(I/O)の豊富さと拡張性です。民生用PCでは少なくなったシリアルポート(RS-232C/422/485)や、センサー、アクチュエーターなどを接続するためのDIO(デジタル入出力)ポートなどを標準で搭載しているモデルも多くあります。さらに、PCI ExpressやPCIといった拡張スロットを備えており、画像処理用のボードや、FAネットワーク(フィールドバス)に接続するための専用カードなどを増設することで、さまざまなシステムに柔軟に対応できます。
産業用PCには、設置場所や用途に応じていくつかの形状(フォームファクタ)があります。ここでは代表的な4つの種類をご紹介します。
ボックスPCは、その名の通り箱型のコンパクトなコンピュータです。ディスプレイやキーボードは付属しておらず、本体のみで提供されます。省スペースで設置できるため、工場の制御盤内や製造装置の内部など、限られたスペースに組み込むのに適しています。
多くはファンレス設計で、粉塵や振動に強いのが特徴です。豊富なインターフェースと高い拡張性を持ち、機械の制御や、カメラと接続しての画像処理、センサーデータを収集・処理するIoTゲートウェイなど、幅広い用途で活躍します。
パネルPCは、コンピュータ本体と液晶ディスプレイ、タッチパネルを一体化した製品です。「パネコン」とも呼ばれます。キーボードやマウスが不要で、画面に直接触れて直感的に操作できるため、機械の操作盤や生産ラインの状況を表示・操作するHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)として広く利用されています。
オールインワンで省スペースなため、設置場所を選びません。また、防水・防塵性能の高いモデルも多く、食品工場や薬品工場など、水や埃が多い環境でも使用されています。
ラックマウントPCは、データセンターなどで標準的に使用される19インチラックに搭載できるよう設計された、薄型・横長のコンピュータです。複数のPCやサーバー、ネットワーク機器をラック内に集約して設置できるため、配線がすっきりとまとまり、管理やメンテナンスが容易になります。
高い処理能力や大容量のストレージを搭載できるモデルが多く、拡張性にも優れています。工場のサーバー室などで、生産管理システムや品質管理システムのサーバー、複数の監視カメラ映像を録画・管理するシステム、大規模なデータ収集システムなど、集中的な処理が求められる用途に適しています。
組み込み用PC(エンベデッドPC)は、特定の機能を実現するために、さまざまな機器や装置の内部に「組み込まれる」ことを前提とした、非常にコンパクトなコンピュータです。限られたスペースに搭載できるよう、名刺サイズや手のひらサイズといった小型設計が特徴です。
医療分野のMRIやCTスキャナ、交通機関の券売機や運行管理システム、半導体製造装置や検査装置など、特定の装置の頭脳として、その制御やデータ処理を担います。
製造業は、産業用PCが最も多く活用されている分野の一つです。工場のスマート化に欠かせない存在となっています。
設備制御 | ロボットアームの精密な動作制御、工作機械(CNC)の加工プログラム実行、生産ライン全体の同期制御など、FAの中核を担います。 |
---|---|
データ収集・分析 | 各種センサーから温度、圧力、振動などのデータをリアルタイムに収集し、生産状況の「見える化」や品質管理に活用します。また、データを分析して設備の故障予兆を検知する予知保全にも役立てられます。 |
外観検査 | 高解像度カメラで撮影した製品画像を高速で処理し、傷や汚れ、欠品といった不具合を自動で検出します。人手による目視検査に比べて、高速かつ安定した品質検査を実現します。 |
生産管理・監視 | パネルPCなどを活用し、作業者への製造指示や作業手順の表示、生産実績の入力端末、ラインの稼働状況をリアルタイムで表示するモニターとして使用されます。 |
24時間365日の安定稼働が絶対条件となる社会インフラ分野でも、産業用PCは重要な役割を果たしています。
交通システム | 鉄道の運行管理や駅の自動改札、道路の交通管制、空港の監視システムなど、公共交通の安全と安定を支えています。 |
---|---|
エネルギー | 発電所や変電所の監視・制御システム、電力網の安定供給を管理するシステムなど、エネルギーインフラの中枢で活躍しています。 |
通信・放送 | 通信基地局やデータセンターのネットワーク機器の管理、放送局の送出システムの制御など、情報通信の基盤を支えます。 |
上下水道 | 浄水場や下水処理場の水処理プロセスの監視・制御、送水ポンプの管理など、人々の生活に欠かせない水の安定供給に貢献しています。 |
製造業やインフラ以外にも、産業用PCの活用範囲は広がっています。
医療 | MRIやCTスキャナといった高度な医療機器の制御装置や、電子カルテシステム、生命維持装置など、高い信頼性が求められる場面で使用されます。 |
---|---|
物流・倉庫 | 自動倉庫の在庫管理システムや、無人搬送車(AGV)の走行制御、荷物の自動仕分けシステムの制御などに活用され、物流の効率化を推進します。 |
農業 | ビニールハウス内の温度や湿度、日照量などを自動で管理するスマート農業や、農作物の生育状況をモニタリングするシステムに利用されています。 |
デジタルサイネージ | 屋外や駅構内などに設置される広告や案内表示用のディスプレイを制御します。過酷な屋外環境でも安定して映像を再生し続ける耐久性が求められます。 |
自社の用途に最適な産業用PCを導入するためには、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。ここでは、選定時に検討すべき5つのポイントを解説します。
まず最初に、PCをどこに設置するのか、その物理的な環境を正確に把握することが重要です。
温度・湿度 | 設置場所の年間の最低・最高温度はどのくらいか。結露の発生する可能性はないか。これらの条件から、PCの動作保証温度範囲を確認します。 |
---|---|
粉塵・水 | 金属の切りくずや粉塵、油のミスト、洗浄時の水しぶきなどが発生する環境か。その場合、冷却ファンがないファンレス構造や、防水・防塵性能を示すIP等級(例:IP65は防塵・防噴流)を備えたモデルが必要になります。 |
振動・衝撃 | プレス機やモーターの近くなど、常に振動や衝撃が発生する場所に設置するか。その場合、振動や衝撃に弱いHDDではなく、SSD(ソリッドステートドライブ)をストレージに選ぶことが必須です。 |
次に、PCにどのような処理をさせるのか、その用途に必要なスペックを明確にします。必要以上に高性能なPCはコスト増につながり、逆に性能が不足しているとシステムの安定稼働を妨げます。用途を明確にし、コストと性能のバランスが取れたスペックを選定することが肝心です。
CPU | PCの頭脳にあたる部分です。単純なデータロギングや画面表示であれば省電力なIntel Atomシリーズなどで十分ですが、高解像度の画像処理や複雑な演算、複数のタスクを同時に実行する場合は、高性能なIntel Core iシリーズなどが必要になります。 |
---|---|
メモリ(RAM) | 複数のアプリケーションを同時に動かしたり、大きなデータを扱ったりする場合に重要になります。メモリが不足するとPCの動作が遅くなるため、余裕を持った容量を選定します。 |
ストレージ | OSやアプリケーション、データを保存する場所です。耐振動・耐衝撃性や読み書き速度の観点から、産業用途ではSSDが推奨されます。 |
導入を検討しているPCが、将来にわたって安定的に供給されるか、メーカーの供給方針や保守サポート体制を必ず確認しましょう。特に、一度構築すると10年以上稼働するような長期プロジェクトでは、途中でPCが生産終了になると、システムの維持が困難になるという重大なリスクを伴います。メーカーのウェブサイトで供給期間を確認したり、営業担当者に直接問い合わせたりして、自社のシステムのライフサイクルに対応できる製品を選ぶことが不可欠です。
PCをどのような機器と接続する必要があるか、必要なインターフェースの種類と数を洗い出します。
これらの要件から、必要なポートを標準で搭載しているか、また、将来の機能追加に対応できる拡張スロット(PCI Expressなど)が備わっているかを確認します。
最後に、ソフトウェアとセキュリティの要件を定義します。
OS(オペレーティングシステム) | 一般的なWindowsのほか、産業用途向けに長期サポートが提供される「Windows 10 IoT Enterprise」や、自由にカスタマイズ可能でコストを抑えられる「Linux」、厳密なリアルタイム性が求められる制御用途向けの「RTOS(リアルタイムOS)」などがあります。アプリケーションとの互換性や開発環境、社内の知見などを考慮して選択します。 |
---|---|
セキュリティ | 工場のネットワークに接続される産業用PCは、サイバー攻撃の標的になるリスクがあります。不要な機能を無効化するロックダウン機能や、産業用制御システムのセキュリティに関する国際規格「IEC 62443」への準拠など、セキュリティ対策も重要な選定ポイントです。 |
実際に産業用PCを導入する際は、どのようなプロセスで進めるのでしょうか。ここでは、一般的な導入の流れを5つのステップでご紹介します。
まず、現状の課題と導入目的を明確にすることから始めます。「どの工程を自動化したいのか」「どのようなデータを収集して品質を改善したいのか」といった目的を具体化します。その上で、産業用PCのメーカーやシステムインテグレーターと打ち合わせを行い、予算や必要なスペック、設置環境、アプリケーションといった詳細な要件を伝えます。
ヒアリングした要件に基づき、メーカーやインテグレーターから最適な機種や構成が提案されます。提案内容を基に、CPUやメモリ、ストレージ、インターフェース、OSなどの詳細な仕様を決定していきます。この段階で、必要なカスタマイズについても具体的に詰めていきます。
購入を決定する前に、評価機(貸出機)による事前検証を行います。多くのメーカーでは、導入を検討している法人向けに、評価機を貸し出すサービスを提供しています。実際に使用する環境で、自社のソフトウェアが問題なく動作するか、周辺機器との接続性に問題はないか、性能は十分かといった点を確認することで、「導入してみたが使えなかった」という失敗を防ぐことができます。
事前検証で問題がないことが確認できたら、正式に発注します。産業用PCは受注生産が多いため、納期を確認しておきましょう。製品が納品されたら、システムインテグレーターや社内の担当者が、現場への設置、配線、ソフトウェアのインストールなどを行い、システムを立ち上げて運用を開始します。
産業用PCは導入して終わりではありません。長期間にわたって安定稼働させるためには、定期的なメンテナンスが重要です。メーカーやインテグレーターは、トラブル発生時のサポートや修理対応、定期点検といった保守サービスを提供しています。導入時に保守契約の内容についても確認しておくと、万が一の際も安心です。
ナラサキ産業では、HPCシステムズ、アルゴシステム、Moxaとの連携を通じて産業用PCをご提案します。FAシステム全体を視野に入れた最適なソリューションで、お客様のビジネスを加速。課題解決に向けて、お気軽にご相談ください。
ナラサキ産業の産業用PCソリューションについて詳しく見る
本記事では、産業用PCについて、以下のポイントを中心に解説しました。
産業用PCは、製造現場の生産性向上や社会インフラの安定運用を支える、現代の産業に不可欠な基盤技術です。この記事が、産業用PCへの理解を深め、貴社の課題解決に向けた一助となれば幸いです。